睡眠薬の副作用で気分良く?貴重な体験ができたという話です。 入院当初の症状で私が一番辛かったのは、足が熱いと眠れない私にとっては拷問のような熱感が常に伴うことと、足先から甲の部分にかけての関節痛でした。熱感はともかく、関節痛については、入院前に処方された鎮痛剤などは全然効きもせず、ステロイドを投与しないと治まらないという状態だったようです。 入院前から1時間も熟睡できない私としては、何でもいいから早く安眠させてくれーい!という感じでしたが、訴えがたりなかったのか? お医者さん達は色々検査してからプレドニン投与量を決めるようでした(涙) で、座薬が処方されました。んー、寝る前に使うわけですが、一応痛みが少ーしだけ和らぐ感じがするものの、焼け石に水というような感じでした。夜は感覚も敏感になるのでしょうか? 昼間より痛さも増すようで、私にしてはずっと続く鈍痛に気が狂う!って思っていました。あまりの痛さに、夜中にこっそり涙する日々がしばらく続きました。 ・・・ああ、泣くほど痛いと訴えればよかったのにねー(苦笑) なので、座薬のレベルも強い方に変わっていきました。最終的にはTVとかのコマーシャルでおなじみ?のインドメタシンだったようです。主治医I先生がこれも効かないの?と言っていたのが印象的。 そして、睡眠薬も一緒に処方され始めました。これが騒ぎの始まり(汗) 睡眠薬なんて話に聞くだけで、飲むのは始めて!な私は、薬による眠りの世界の体験に少しわくわくしてました。それに、処方された薬はあの「ハルシオン」! 副作用で記憶がぶっとぶために事件が起こしても覚えてなかったり、某病院で横流し?されてたりと、たびたびニュースに名前が登場していたあの薬〜! それがまっとうな理由で飲めるのです。(にやり) そして、まちにまった服用。薄紫色の小粒半錠だけでしたが、効き目はあり。就寝時間は9時なのでその時に飲み、30分程で眠気らしきものがやってきました。待ちに待ったまどろみよ、こんばんわ〜! 朝まで痛みはさようならと、るんるん気分で眠りにつきました。で、目が覚めました。時計を見たら、寝て2時間もしないうちに起きていました(涙) その頃の私は、大量の水分摂取のために夜中にもトイレに3・4回行っていましたから、取りあえずトイレに行くことにしました。いつものように廊下を歩いて行きましたが薬のせいで眠気があり、その姿はふらふらと酔っぱらい状態です。で、隣部屋のドアとぶつかってしまい、ごめんなさーいとその場から逃げ、自分にはしっかり歩かんか!と言い聞かせました。帰りにナースステーションに寄って、看護婦さんに薬の効果が低いことを伝えました。これは序章。 薬は1錠になりました。いつものように飲んで寝て、ふと目が覚めると、4時過ぎでした。ラッキー、3時間も寝られたよ〜。やっぱ1錠は効くね!と思いましたが、自分の周りをみるとちょっと・・・変。 テーブルの上にあったゼリーが無い・・・、無いぞー! 私が入ってた部屋は2人部屋で、トイレに行くときに隣のおばさんを起こさないように少しだけドアを開けてあるので、誰かが入ったと思い「誰だー!取ったのは」と思いました。で、ベッドサイドのゴミ箱を見るとからのゼリー容器があり、こっちで食べたのかよ!と思いつつ、寝汗をかいていたのでいつものように着替えはじめました。 すると、隣のおばさんが「また起きたの?」と言いました。え〜?私、寝てたよ〜と言うと、「いや、今日はナースコールを3回している」と言いました。私は覚えがありません。普通、夜中のコールは、着替え請求の1回だけなのです。 おばさんに詳しい話を聞くと、私はナースコールをして、 1回目「痛いの」(看護婦:先生はいないから朝ね) 2回目「痛いの治らない」(看護婦:先生はいないから朝まで待とうね) 3回目「痛いの治らなかったらどうしよう」(看護婦:朝になったら先生くるから診てもらおうね) おばさんはいつもより痛いと訴える私に対し「何か食べて寝て、朝まで待ったらいいよ」と言ったそうです。そうしたら私は「うん、ゼリーがある」と言って、素直にゼリーを食べて寝た・・・というのです。おばさんの話を聞きながら、納得する反面、頭から血の気が引きました。そんなの全然記憶にないし、痛いという訴えはどうしようもないのがわかっているから絶対やらない! ぎょえ、もしかしてこれがあの「副作用」かよぉ! ・・・でも、あの訴えは素直な私の気持ちだったんですよねぇ。薬のせいで「痛いのどうにかして!」という素直なわたしが出ちゃったんですね、私の理性の関与しないところで。 夜が明け、朝の検温時に、看護婦さんに「覚えてないの〜(汗)」と謝ったら、「大丈夫、酔っぱらいと一緒だから(笑)」と言われました。 それからお医者さん達がきて、その顛末について話をしました。M先生は薬を変える話をし、ハルシオンについて「外では(不法に)1錠5000円で買えるけどね。でも」と、両手握り拳をし、前に合わせて「お縄」の仕草をしました。 私は高校の頃、学校の先生に「酒飲んで、記憶を無くしてみたいなあ」と言ったことがあります。先生の答えは「そんな事はない方がいいぞ〜」というものでした。そうねー?ちょっと憧れるわ〜と思いましたが。今は思いません、はい。 でも、きっと記憶がなくなるくらい酒を飲むと、二日酔いで大変だろうし、何を起こすかわからないから怖いよね。酒を飲まないでこういう貴重な体験ができた私は、ラッキーなのかもしれません。 ここで一句。「飲んだなら 記憶しとけよ MY行動 無いとあわてる 翌日の朝」 おそまつ。 |
入院中の私のロッカーや引き出しには、生活必需品以外にも家から持ってきた色々なもの…お勉強道具や本数冊、大好きな座布団(これがないと生きていけない(苦笑)、色鉛筆お絵かきセット、お手紙・お葉書セット等々が入っていました。今回は、その中の一つについてのお話。 筆無精な私ですが、入院してからたまーに手紙を書いていました。暇と気弱のなせる技の一つかとも思いますが(苦笑) その中の一通は、私が中3にナンパして以来の友人のY村さんへでした。 彼女は私より一つ上で、沖縄を出て今は京都に友人達と一緒に住んで仕事をしています。読書家なこともあって、昔から手紙での彼女の言葉や考え方は私にはうなるものが多かったです。また、あまりの気づかいさ・マメさに、昔は「板橋区のパパ」と呼ばれていました(^^;) それに、彼女の友人達とも友達になり、また彼らのキャラクターも私には強烈でした(笑) 類は友を呼ぶ…だろうか。 で、今回、私が入院したと書いた手紙への返事として家から病院に運ばれて来たのは、ゆうパック中箱いっぱいに詰められた本や漫画や数々の紅茶、彼女の書いた手紙でした。これは珍しくもなく、たまーにこういう事があるんです。でも、その心づかいが嬉しい。 夜中眠れない程の痛みをまぎらわすには、彼女が貸してくれた本や漫画が効果的でした。しかし、暗い照明で読んでたので目には悪かったようで、一時的に目がかすんで先生たちが目の検査もしましたが(苦笑) 後、私の心に効いたのは彼女の手紙でした。 私が彼女に書いた手紙は、これからの生き方についての弱音を吐いていました。「病気になってしまった事はいいとして、支えてくれる周りの人に恩返しができるほどの生き方ができるだろうか。それを考えると、何かしてもらうと申し訳ないと思って気分が暗くなる」と。 それに対する彼女の答えは、「病気になった事を人生でマイナスな部分とすると、周りの人の助けはそれをゼロにすることができると思うの。また、それくらいしかできない。そのゼロをプラスにできるのは、貴方次第なんだからその方が大変。申し訳ないと思わないで、それを生かしてプラスな人生にしてね…」とか「禍福はあざなえる縄の如しってね、良い時も悪い時もあるよ…」というような事が書かれていました。 さっすが〜! 読書家ということもあるけど、彼女自身前の仕事を身体を壊してやめた事もあってか、思考が前向きだな〜と関心しました。彼女からのその言葉で私は気分が切り替わったし、気が楽になりました。 退院してからも彼女は手紙をくれますが、離れててめったに逢えないことからは「離れてるからこそ、たまに逢う…その時まで、皆には元気でいてほしいと願っている。その時に、笑って逢えるように。言霊(言葉に宿る力)ってもあるよね〜。もしそれが本当なら、誰かが誰かにそう思う気持ちが、この世中にあふれてると考えると、この世の中はなんて希望と幸せに満ちているんだろうと思う…」と書いてました。 彼女から私に書かれた数々の手紙の言葉は、今でも私を励ましてくれてます。 物事に的確な批評もするし、話を書かせたら面白いし、私としては(友人達も?)彼女に職業として物書きを薦めるんだけど、本人にはその気はないらしいです。ふむ。 たぶん、私が彼女から色々得るものはあっても、私が(面白い笑い話も含めて)向こう側を楽しませることはないはずね(苦笑)と思いつつ、日々思う事…悩みや自分ののめり込んでるもの(煩悩状態)の話をしています。 |
「17歳(か19歳)までに見なかったら、幸せになれる」という噂がある?、病院にはつきものの『あれの話』です。 私の入院してた部屋は2人部屋でした。部屋は、ベッドの足側が通路になって、私は廊下側のベッドを使っていました。入り口には、カーテンをすこしひいておいて、廊下から中が見えないようにしていました。夜にはそのカーテンに、だいたい看護婦さんですが、歩く音と共にその影が廊下の明かりに照らしだされて映ったりしていました。関節痛で寝つけない私は、それをしょっちゅう見ていました。 夜によく一人でトイレに行っていましたが恐いとも思わず、同部屋のおばさんに恐くないの?と聞かれてました。病院といえば幽霊話はつきものだと思いますが、私はこれまでも周りが見たという時にも見たことなかったので、私には見えないものだと思っていましたからね。おばさんが夜中にトイレに行きたいという時は、サングワァ(ひもなどで作る魔除け)と塩を持って一緒について行ったりしてました。ちなみに、眠れないのと1日1万歩の運動を兼ねて、ぐるぐる病棟を歩き回る人もいましたから、夜でも誰かいると思っていたからかもしれません。 その夜もいつもと同じ様に、何回も起きてトイレに行ったりしていました。ある時ふっと目が覚めると、私のベッド足元の通路を人がすーっと通って行きました。 でも、看護婦さんではありません。ちょっとパーマな頭の患者用のパジャマを着たおばさんでした。私は「誰だ〜病室に入ってきたのは〜?」と、ベッドから降りて廊下を見てみました。が、誰もいません…。部屋から出て、廊下を少し歩いて誰かが歩いているか見てみましたが、人が歩く音もそんな気配もありませんでした。 …。(・_・) …。(^^;) …。(((((;^^) んふふふふ、もしかして幽霊!? そりゃ私は足が痛いから歩くのは遅いけど、誰かが部屋に入ったならドアの音がしてわかるはずだし。看護婦さんが歩き回っているのでもなかった。でも、部屋の入り口のカーテン…あれに影が映らなかった気が……。余計、幽霊の可能性アリです。 後日、その話をお見舞いに来た友人や、京都にいる友人Y村さんと話題にしたら、「もしかしたら、守り砂のおかげじゃない?」と言われました。 Y村さんから本やマンガの入った小包が届いたのですが、その中に安倍晴明神社の守り砂が入っていたのです。陰陽道で有名で、鬼を退けたり人を生き返らせたりと、色々逸話のある人です。その人を主人公にした小説や漫画を読んで好きになった私に、ゆかりのある神社からお守りをくれたんですね〜。 私は「今まで幽霊を見たことないのになんでかな〜」というと、皆「晴明様のおかげじゃない?(笑)」と言われました。…もし、あれが幽霊だとして、私の方を見たりして目があったらもっと恐かったかも…。(>_<) 今だ謎の出来事ですが、あれが幽霊だとしても、先の噂の年齢は過ぎているので幸せになれるよね!?(苦笑) |